■ 第X部:電気通信機器 JIS化の背景と基本方針 1 制定の趣旨  高齢者や障害のある人々,病気や事故などによって一時的に障害 のある人々(以下、高齢者・障害者等という。)を含むすべての人々 に支障なく操作できる電気通信機器を提供するための設計指針を示 すことがこの規格の目的である。 2 制定の経緯 2.1 社会的背景  情報通信技術のめざましい発展・普及により、すべての人々がそ の生活や仕事の面において日常的に電気通信を利用する機会が増え てきている。  一方、社会を構成する人々の人口比率においては、高齢化が急速 に進展している。さらに、厚生労働省の調査によれば、視覚や聴覚 など身心に障害を有する人々も人口比率からみると増加の傾向であ る。 このような社会的背景において、電気通信機器を提供する場合に は、高齢者・障害者等に配慮した設計配慮が当然重要になってくる。  近年、電気通信機器は高齢者や障害を持つ人々にとって非常に利 便性の高い必需品となってきている。例えば、メール機能の付いた 携帯電話は聴覚に障害のある人々にとっては日々の生活において欠 かせないものとなっている。また、ファクシミリなどの文字伝送通 信が聴覚障害者の情報交換を支えていることも電気通信機器の有用 性を示すものの一つであろう。  しかし、これらの電気通信機器の利用においては、未だ問題が多 い。例えば、高齢者・障害者等が携帯電話や携帯電話を経由したイ ンターネットを利用する率は、パソコンを利用する場合に比較する とまだまだ低いといわれている。この原因は、パソコンであれば適 切なサポート技術を使用すれば利用可能になる場合が多いからであ る。しかし、携帯電話のような個別機能の通信機器では、そのよう な支援技術を効果的に利用することが現状の段階ではできない場合 が多いからである。また、心身機能等の諸機能が低下した高齢者は 新しい概念の機器・機能を進んで利用しない傾向があることも指摘 されている。  このような高齢社会・高度情報社会の中にあって、高齢者・障害 者等が支障なく操作できる電気通信機器を提供するための配慮設計 指針を示すことは非常に意義が大きいといえる。 2.2 標準化の動向  電気通信機器をできるだけアクセシブルに設計するために,指針 や規格の策定、法制化等に関する動きが国内外で活発になってきて いる。 2.2.1 日本におけるアクセシビリティと標準化活動  わが国では、高齢者・障害者を含む全ての人々が電気通信機器及 びサービスを支障なく円滑に利用できるようにする、いわゆるアク セシビリティを確保・向上するための活動を、情報通信アクセス協 議会が推進している。  同協議会では、平成2001年1月に施行された「高度情報通信ネッ トワーク社会形成基本法(IT基本法)」、また2002年12月に改正さ れた“障害者基本計画”における「障害者に使いやすい情報機器の 開発・普及の促進、障害者に配慮した情報通信機器の各省庁等によ る調達努力等が高齢者や障害者施策の基本的方針」などを受け、電 気通信機器及びサービスを企画・開発・設計・評価等をおこなう際 のアクセシビリティ向上のためのガイドライン(第1版:2002年4 月)を制定した。さらに同協議会では、社会情勢や機器の高度化に 対応し、この第1版を2004年5月に第2版に改定した。第X部JI S(素案)(以下、本規格という。)の骨子は、この「高齢者・障 害者等に配慮した電気通信アクセシビリティガイドライン第2版」 をベースに作成されている。  一方、2000年9月には、日本工業規格の国内標準機関である情報 技術標準化研究センター(INSTAC)の元に「情報バリアフリー実現 に資する標準化調査研究委員会」が設置された。また2001年4月に は、(社)電子情報技術産業協会(JEITA)において「アクセシビリ ティ標準化対応専門委員会」が設置され、関連部門が相互に連携を とって情報分野のアクセシビリティガイドラインの策定が進められ てきた。このなかで、「高齢者・障害者等配慮設計指針」は既に次 のものが制定され、3つの階層構造となっている(本規格附属書7 参照)。  階層の最上位は,「JISZ8071:高齢者及び障害のある人々のニー ズに対応した規格作成配慮指針」で,2003年6月に告示された。この 規格は,日本からISOに原案が提案され,ISOにおいてガイド71と してISO/IEC規格となりそれと整合を取る形でJIS化されたものであ る。  中間層は,ガイド71の下に,すべての情報通信機器・サービスを 対象とする「JISX8341-1高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信 における機器・ソフトウェア・サービス−第一部:共通指針」であ り、2004年5月に告示された。  最下層は,それぞれの業界ごとに対応した機器等の個別規格や指 針から構成される。既に第2部:情報処理装置、第3部:ウエッブ コンテンツが告示されているが、本規格JIS X 8341-1「高齢者・ 障害者等配慮設計指針−情報通信における機器・ソフトウェア・サ ービス−第X部電気通信機器」もこの階層に該当するものである。 2.2.2 海外の標準化動向  米国のリハビリテーション法508条は、1998年に強制力をもつよ うに改正され,2001年6月から強制力が発効した。連邦政府及び連 邦政府から何らかの形で援助を受けている組織は,障害のある人の 雇用の有無にかかわらず,今後購入するすべての情報通信機器は障 害者のアクセシビリティを配慮したものにしなければならない。連 邦政府の援助はすべての州政府が受けており,更には州を通して多 くの組織が援助を受けている。この508条対象製品と対象以外の製 品を分けて設計することはコスト上昇にもつながることから,米国 情報通信関連企業はすべての製品にアクセシビリティ機能を搭載し てくるものと思われる。米国はさらにカナダなど北米各国にも同様 の処置を取るように働きかけるとともに,ISOなどにも国際規格と して採用するように呼びかける準備を進めている。このような動き に対して,我が国やISO,欧州標準化3団体(CEN, CENELEC, ETSI) でも規格化の作業が進められている。これまでのISOの活動は,主 にハードウェア中心であるが,情報アクセシビリティを実現するた めには,ソフトウェアやサービス,コンテンツなども含め総合的視 野のもとで検討を行うべきであろう。  一方欧州では,CEN/CENELECがアクセシビリティ関連の指針を 作るためのガイドラインであるガイド71をCEN/CENELEC Guide 6 として制定し,更にセクタガイド及び個別規格の策定作業に入って いる。また,ISOに対しても積極的に提案を始めており,多くの加盟 国からも注目を集めていることから,わが国でも今後これらの動向 に注意を要する状況になってきている。 3 規格作成の基本方針と構成 3.1 基本方針  先の2.2.2でも述べたように、本規格は、「高齢者・障害者等に配 慮した電気通信アクセシビリティガイドライン第2版」をベースに し、工業標準化法に従って素案作成にあたった。以下に、規格作成 における基本方針をあげる。 (a) 本規格は,本文及び附属書で構成する。本文では各機器の共通 的な配慮要件を記述し,附属書(規定)では機器個別に配慮す べき要件を詳細に記述する。個別機器としては、我々の生活の なかで最も基本的で重要な電気通信機器として、固定電話機 (IP電話機を含む。)、携帯電話機、ファクシミリ及びテレビ 電話機の4つとする。 (b) JIS Z8071“高齢者及び障害のある人々のニーズに対応した規 格作成配慮指針”の考え方と,セクタガイドライン JIS X 8341-1(高齢者・障害者等配慮設計指針−情報通信に おける機器,ソフトウェア及びサービス−第1部:共通指針) を基本に,国内外の関連規格・指針類を総合的に考慮する。 (c) 配慮要件の概念などは共通指針(第1部)で述べられているの で、これらの重複をなるべくさけ、電気通信機器に関する規格 としてできるだけ詳細で具体的な規格とする。 (d) 各項目の要求レベルについては、原則として、実現されないと 基本機能を使うことができない利用者がいると判断される項目 は「必須」、その他の項目は「推奨」とする。ただし、「必須」 項目の中でも,技術的あるいは経済的に全ての機器に対して実 現が困難な項目については「できるだけ実現しなければならな い」という表現とする。 (e) 新しい概念の電話機・ファクシミリ等や既存の機能が複合化し た電気通信機器についてもできるだけ適用できるような規格と する。なお,今後、個別製品群に関する規格類(JISや業界規格 等)が制定された場合はそれを参照にすることとする。 (f) 多様な心身機能等の特性に配慮することは,高齢者や障害のあ る利用者だけでなく、一般の利用者にとっても,騒音下での利 用等,有効になる場合があることにもできるだけ例示等で触れ る。 (g) 各機器の基本機能が高齢者や障害のある利用者に使えることを 確認するために、配慮すべき要件とともに,機器の企画・開発・ 設計に関するプロセスについても言及する。 (h) 製品の購入や使用する際に必要な各種サポート情報の提供に関 しても、この規格に含める。 (i) 販売店等におけるサポートに関する配慮項目も重要な要件であ り、問い合わせ窓口などについても言及する。 (j) 各項目の具体的実現方法は,規格本文では原則明示しない。な お、既存の規格にあるものは開発の参考になるため、参考や例 に付記する。 (k) 技術の進歩が早い製品・技術に関しても対応できるように、で きるだけ参考等で説明を加える。 (l) 電気通信機器を利用する場合,機器に対する配慮だけでは十分 ではなく、電気通信サービスに関しても十分な配慮が必要であ る。しかし、日本工業規格の中で規定するのは適切ではないた め、本規格では電気通信機器に必要な配慮要件のみを規定する。 (m) 機器別の基本操作に関する障害別配慮ポイントを作成し、製品 に反映すべきポイントを容易に理解できるようにする。 3.2 本規格の構成 3.2.1 目的  本規格では,高齢者・障害者等を含むすべての人々が,電気通信 機器を使用する場合におけるアクセシビリティ及び使いやすさを向 上させることを目的としている。 3.2.2 適用範囲  高齢者・障害者等を含むすべての人々が,電気通信機器を使用す る場合に、アクセシブルで使いやすい電気通信機器の企画・開発・ 設計を行うために配意すべき指針,及び購入の際の要求仕様の策定 や評価方法の策定の指針について規定している。昨今、新しい概念 が次々と出現し,個々の製品の境界の定義が困難な状況でもある。 例えば、携帯電話機などでは、メール機能に加えて、ラジオやテレ ビあるいはテレビ電話に相当するような機能を有するものまで製品 化されている現状である。このような対応規格が制定されていない 領域の電気通信機器等に対しても,これらの機器の開発や評価に際 して本規格が参考になり得るものと考えている。 3.2.3 全体構成  規格の構成は、「本文」と「附属書」の2部から成り、企画・開 発・設計の際に、利用しやすい構成とした。以下に全体構成を示す。 <本文>    序文  1 適用範囲  2 引用規格  3 定義  4 基本原則  5 規格・開発・設計・評価における要件  6 操作・利用に関する基本的要件  7 機器に関する基本要件  8 サポートに関する要件 <附属書> 附属書1(規定)固定電話機の基本機能と配慮事項 附属書2(規定)携帯電話機の基本機能と配慮事項 附属書3(規定)ファクシミリの基本機能と配慮事項 附属書4(規定)テレビ電話機の基本機能と配慮事項 附属書5(参考)固定電話機の基本機能に関する障害別配慮ポイント 附属書6(参考)携帯電話機の基本機能に関する障害別配慮ポイント 附属書7(参考)ファクシミリの基本機能に関する障害別配慮ポイン ト 附属書8(参考)テレビ電話機の基本機能に関する障害別配慮ポイン ト 附属書9(参考)高齢者・障害者の心身機能等の特性と問題点 附属書10(参考)他の規格との位置付けについて  本文では、序文に始まり、第1章:適用範囲、第2章:引用規格、 第3章:定義、第4章:基本原則、第5章:企画・開発・設計・評 価における要件、第6章:共通要件、第7章:サポートに関する要 件の7章から構成され、主に電気通信機器に共通な要件及びサポー トに関して述べている。  附属書1〜4(規定)では、固定電話機、携帯電話機、ファクシミ リ及びテレビ電話それぞれ個別の基本機能とその配慮事項を詳細に 述べている。  附属書5〜8(参考)では、機器別の「基本操作に関する障害別配 慮ポイント」を付けた。これは、機器別の基本操作の開始から終了 に至る手順を詳細に表形式でまとめたものであり、設計開発する過 程において障害別の配慮要件をチェックする際に非常に有用となる ものである。  附属書9〜10(参考)では、高齢者・障害者の心身機能、身体構造 の特性と問題点及び他の規格との位置付けについても述べ、開発設 計する際の参考となるように配慮した。  設計者は、製品の設計から完成までの各過程において本規格を熟 読し、機器完成途中の段階においても使用者の生の意見を聞き、そ れを積極的に機器の改良に役立てていただきたい